今月の主張(機関紙 漁火新聞1月号より)

新春対談(抜粋)

 加瀬英明・中村功

TPP参加を契機に今の日本を考える

 

 平成23年の大きな出来事は「3.11 東日本大震災」と「TPP(環太平洋経済連携協定)問題?の二つでありましょう。TPPをめぐっては、野田総理がAPEC首脳会合で「参加に向けて関係国と協議する」ことを表明したその後も賛否両論侃々諤々の議論が続いています。新年号ではこの問題について海外の政財界に太いパイプをもつ外交評論家・加瀬英明先生と、中村功・経営者漁火会会長に、日本のマスコミが報道しない海外情報や米国の思惑も踏まえつつ日本にとって何が?重要なテーマ?なのか、また現在の日本が抱える課題は何か、それぞれ思うところを語っていただきました。(抜粋して掲載)

 

 TPP賛成派はバカか売国奴?!

 

中村 雑誌『WiLL』の1月号に「TPP賛成派はバカか売国奴」と題した記事がありました。ジャーナリストの堤堯氏と、同じくジャーナリストの久保綋之氏との対談です。その中で堤氏はこのような発言をしているのです。私は堤氏のファンの1人ですが、これは暴論だと思います。加瀬先生はどのように思われますか。

加瀬 私は20代のとき評論家として初めて意見を『文藝春秋』に載せましたが、編集を担当をしてくれたのが堤氏でした。私と同い年で、もう50年も親しくお付き合いをしています。しかし堤氏の「賛成派はバカか売国奴」というのは偏った意見、偏狭なナショナリズムが表われていて、読者受けを狙った暴論です。

中村 TPP参加について、私は漁火新聞で問題点や提案とあわせて「参加することについて私は?条件付き賛成論者?である」と書きました。と、なると堤氏に言わせれば私はバカか売国奴。しかし決してバカと思っていませんし愛国者であると自負していますから、このように決めつけられると抵抗感、いや、それ以上のものを感じます。有識者から一目おかれている評論家が言うべきことではないと思うのです。加瀬先生は先ほど、堤氏の暴論を偏狭なナショナリズムと言われました。私もTPPは広い視野でとらえねばならないと考えていますが、どうも反対論者は国際的な視点や歴史的観点からのとらえ方が浅いように思えてなりません。

 

 米国内での反応は

 

中村 TPPについては様々な意見が出ていますが海外に多くの知人や友人をお持ちの加瀬先生は、どのようにとらえておられるのでしょう。

加瀬 日本人には「井の中の(かわず) 大海を知らず 」といいますか、1人で決め込んでしまって、自分一人だけで思い込んで騒ぎたてる傾向があります。大きな欠陥と言っていいでしょう。ワシントンから戻って来たばかりですが、上下院議員とも話しました。議会でTPPについて知っているのは、10人に1人ぐらいだといっていました。オバマ大統領はハワイを含めて、アメリカの国土で演説した中で、TPPに1度も触れたことがありません。

中村 ほとんどの日本人はそのことを知らないでしょうね。

加瀬 先ず知らないでしょう。

 

 アメリカでも賛否両論

 

加瀬 我が国のTPP反対論者の中には「アメリカの陰謀だ。経済不況のツケを押し付けようとしている」と言う人がいます。しかし、陰謀であるとは言えないでしょう。たしかに米国の世界戦略の一つとは思いますが具体的な詰めはこれからで、まだ形が何も見えてはいないのですから。また米国内でもフォードをはじめとする自動車業界や農業団体、労働組合等からは強い反対の声が上がっています。日本のように大騒ぎこそしませんが、アメリカにも「TPPに参加したら損をする」という意見がかなりあるのです。

中村 アメリカにも反対論があるのですね。

加瀬 米国にも様々な立場や意見があります。ところで我が国のTPP反対論者の中には「これはオバマ大統領の再選に向けた点数稼ぎだ」と言う人がいますが、本年11月に行なわれる大統領選挙までに環太平洋諸国の経済連携協定ができあがるわけではありません。様々な議論、交渉を繰り返し行なって妥結するには10カ月以上は必要といわれています。とても大統領選挙までに間に合わないのですから的外れといわざるを得ません。

中村 そうですね。

 

 マスコミの誘導

 

加瀬 先ほどTPPは我が国では大問題となっていても、アメリカでは「日本のように重大問題として受け止められていない」と申し上げました。

 これも同じような例と思うのですが?オリンパスの損失隠し?で日本のマスコミは「日本の国家が諸外国から不信を抱かれる」という論調で連日のように報道し、騒ぎとなりました。

 しかし米国では、損失隠しや不正発覚事件ということでは、総合エネルギー取引とITビジネスを行っていたエンロン社の破綻(2001年のエンロン事件)や大手電気通信事業者であるワールドコム社の破綻(2002年のワールドコム事件)の方がはるかに大きな問題。ましてや2008年の米国投資銀行リーマン・ブラザーズの破綻により世界的な金融危機の引き金となった事件と比べれば、オリンパスが?飛ばし?による欠損隠しをして、それが発覚したからといって世界の金融危機を招くとはまったく考えられない。大きな事件として受け止められてはいないのです。

中村 たしかエンロン事件では破綻時のエンロン社の負債総額は諸説あるものの少なくとも160億ドル(約1兆9600億円)。またワールドコム事件では負債総額は410億ドル(約4兆7000億円)でした。個人株主への損害賠償額が総額にして約2000億円といわれるオリンパスの比ではありませんね。

加瀬 日本で大騒ぎのオリンパスの問題など海外では専門家以外は殆ど関心を持っていないのですが、マスコミは日本の国家そのものが諸外国から不信を抱かれるかの論調で書き立てる… しばしば日本人は不必要な被害妄想に陥ることがあるのです。

 

 TPP交渉に参加すべき

 

中村 日米開戦前、アメリカにも「日本とは戦争すべきでない。日本を追いつめる禁油措置に反対する」という意見は多くありました。また我が国も何回も交渉の場を設けてアメリカとの戦争を避ける努力をしました。結局、ハルノートを突きつけられて「開戦やむなし。もはや避けられない」となったわけですが、それでも「更なる交渉を行なうべき」という意見がありました。果たしてハルノートが最後通告であったのか… あの段階でもまだ交渉する余地はあったはずですが、軍部やマスコミからの圧力があり、やらなかった。このあたりは当時の外務省北米課長・加瀬俊一氏(加瀬英明先生の父上、開戦当時の日米交渉主管課長)が一番ご承知のところだと思います。

 いまTPP反対論者には「アメリカの要求はとても飲むことはできない。だから参加できない」という風潮がありますが、なにやら戦前の我が国の外交とオーバーラップする部分があると思えてなりません。加瀬先生はTPP参加について、どのようにお考えですか。

加瀬 全面的に賛成です。是非とも交渉すべきです。先ほど「井の中の(かわず)」と申し上げましたが、これは日本人には自己中心の傾向があるということ。自分のことしか見えなくなってしまうことがあるのです。このため被害妄想にかられてしまう… 話し合いをやる前から決めつけてはいけません。日本の国益をかけて、ぎりぎりの線まで妥結策・妥結案を模索すべきです。そうでないと我が国の国益を不用意に大きく損ねてしまうことになります。TPPで目指すべきものは、アメリカと日本を中心とした太平洋連合をつくって中国の脅威を封じ込めること。単に貿易や経済の問題だけではないのです。

中村 これは「総合的な戦略」であるということですね。その辺りを理解しているので中国は?強い不快感?を表していますね。

加瀬 おっしゃるとおり、中国が?強い不快感?を示すほどの戦略なのです。クリントン国務長官がアメリカの外交専門誌『フォーリン・ポリシー』の昨年11月号に「アメリカの太平洋世紀」と題して寄稿していますが、そのなかで「これからアメリカは、アジア・太平洋を中心として世界に関与していく」と述べています。何と言ってもアジア太平洋における大きな二本の柱はアメリカと日本。米国としっかりと手を組んで「アジア太平洋諸国をまとめていく」くらいの気概を持って交渉しなければいけないと思うのです。

中村 まさにおっしゃるとおり。同感です。よく「日本はアメリカに追随している」とか「弱腰である」という人々がいます。事実であると思います。しかし、ロシアや中国と組むわけにはいきません。これ以外の選択肢はないのです。交渉に参加することは、むしろ「我が国が主張するいい機会」と捉えるべきです。私はTPP交渉参加には条件付き賛成論者。まず国内で現在の農業問題をどのようにするかの対策を明らかにし、それを交渉テーマの一つとすることを前提にして参加すべきである考えています。

 

 日本と米国の「農業」の違いは…

 

加瀬 いま我が国のシステムは様々な分野で(ほころ)びが目立ちます。すでに腐敗しているシステムも多くあります。そしてその中で最も大きなものは農業です。

 私は福田赳夫、中曽根康弘・両元総理の首相特別顧問として対米折衝を行ないましたが、アメリカは我が国に「農業の自由化」を強く迫り、当時もこの問題は日米間の課題の中で大きな比重を占めていました。日本と米国では農家一戸当たりの農地が比べ物になりませんので私はアメリカに飛び、このように言いました。

「我が国には農水省があります。名称には「農業(agriculture)」と冠してはあります。しかし、あなた方がごく普通に思い浮かべる「agriculture(農業)」と同じだと思わないでほしい。規模がまるで違うのです。我が国の「農業」は、アメリカからみれば「horticulture(園芸)」でしかないのです。この点を頭に入れて交渉を始めないと結果はうまくいきません」。

中村 たしか日本は約1.8ヘクタールで、アメリカはおよそ180ヘクタール。日本の農家の規模は米国の100分の1でしかありません。

加瀬 おっしゃるとおりアメリカの農家は日本の約100倍の規模です。我が国の「園芸」をアメリカ並みの「農業」に育て上げるためには時間がかかるのです。これと併せてもう一つ、私はこのような話もしました。「あなた方にとってクリスマスツリーのない生活など、考えられないことでしょう。農業の自由化にとって大きな課題となっている『稲』とは日本人にとって、あなた方のクリスマスツリーに当たるものです。新天地を求めてメイフラワー号がプリマスに上陸したとき以来、キリスト教そしてクリスマスツリーはあなた方にとって心の中で常に大きな位置を占めてきたことと思います。アメリカ合衆国建国以来のキリスト教同様、日本で古来から伝わる素朴な信仰は神道であり、そして稲は私たちにとって神聖なもの、まさにクリスマスツリーなのです。有史以前から行なわれてきた稲作は日本人の精神の土台とも言えるものですし、信仰に関わる微妙な問題も絡んできますから他の農作物同様、単なる『農業産品』の一つという感覚で受け止めてもらっては困るのです。この点をご理解いただきたいと思います」と、まずこのような話をしてから対米交渉の実務に入りました。

中村 言われてみれば、たしかに宮中で行なう儀式の中心は稲作に関するものです。陛下ご自身が田植えや稲刈りもされておられます。稲はクリスマスツリーですか… なるほど。

 

 専業農家の激減そして高齢化

 

加瀬 さて、 現在の我が国の農業はどのようになっているかといえば、昨年の12月1日現在の農水省の「農林水産基本データ集」によれば農業人口は260万人。そのうち65歳以上の占める割合は61%。しかも農水省に聞いたところ、専業農家の農業従事者の平均年齢は急速に68歳に近づいているというのです。また2010年の「農林業センサス」(速報値)によれば専業農家数は約45万戸で、兼業農家数は約118万戸となっています。ちなみにピーク時の総農家数は416万戸(昭和10年)でした。というとTPPに参加してもしなくても、農業は既に衰退の一途をたどっている。このままでは我が国の農業は潰れてしまうというのが実情なのです。

 では、なぜ、このようになってしまったかというと、それは農業関係者が国の冨・国富を食い荒らしてきたからです。また「稲は日本人にとって、アメリカにおけるクリスマスツリー同様に神聖なもの」であったはずが、今では収穫量やお金に換算してしか価値を認めないようになってしまった… このように金で計るようになったことがコメが衰退した大きな要因。また農業が堕落した一番大きな原因。いずれにしても大胆な再生の手立てを考えなくてはなりません。

中村 そのためにはTPPは、むしろ「いいチャンス」である。いずれはやらなければならないことを、これを機会にはじめようと言いたいわけですね。 

加瀬 おっしゃるとおりです。モデルお手本があります。イスラエルです。彼の国の人口は約775万人(2011年、同国中央統計局)で国土の半分以上が砂漠の国です。ところが農業を見ると自給自足どころか輸出国。ヨーロッパのみならず日本にも食料を輸出しています。JAがお手本にしようと学んでいる国です。日本の気候や風土などを考えれば、私は日本も十分食料輸出国になることができると思うのです。

 

 ISD条項もまた重要な「交渉テーマ

 

(以下、省略)


中村功会長